行ける範囲のスーパーやアンテナショップで売られている納豆は食べつくしてしまい、新しい味との出会いは、物産展などのスポット的なイベントに限られてきた。富士納豆もちょっと高級なスーパーで試食販売されているのを見つけて買った。祖母の家の香りがするような納豆だった。
50年の人生のうち49年間、納豆の食わず嫌いを続けてきたので、昔ながら方法で作られた幻の手作り納豆と言われても、その味自体に懐かしさを覚えるはずもないのだが、掻き混ぜている最中に、この香りどこかで嗅いだことあるような……そんなノスタルジーが湧きだしてくる不思議な納豆だった。甲州で名主を務めていた星野家の住宅は国指定重要文化財になっており、明治天皇が京都へ御巡幸の際に御小休所にあてられたこともあるそうだ。富士納豆はそんな星野家住宅敷地内で作られているんだという。
大豆は小粒寄りの中粒でカナダ産。豆の煮具合はアルデンテな感じで外側は柔らかく中心部に少し歯応えを残す。特徴的なのはその香りですえた感じの納豆香が強い。かき混ぜるとほどよく粘りのある糸を引き、さらに香りが立ってくる。この香りが古い家の匂いに似ているような気がして非常に面白い。この香りを嗅ぐだけでも富士納豆を試してみる価値はあるように思う。
付属品はかつお節風味のタレとカラシ。これを混ぜると香りはおさまる。味は苦みが強めでこれもまた昔ながらの納豆らしい。苦みが消えたあとで大豆のほのかな甘みが口の中に余韻のように残る。体によい発酵食品を食べている感じが帰省した折りに祖母の家で振る舞われたお料理のようで、なんだか懐かしい気分になれる。頻繁には手に入らないと思うが、見つけたら次回も買うと思う。
著者: へた釣り