ヤヴァいかもとは分かっているが、分かっているからこそ行ってみたくなる店がある。近所の空き地で冒険ができた子供のときの感覚が蘇る。昼食には少し遅い時間、六本木のはずれで見つけたこの看板。ヤヴァいよね……でも、ランチを食べるだけ。昼酒はしない。命までは取られまいw
六本木から星条旗通りに入る。国立新美術館の少し手前にこの看板は出ている。周りのお店は高級豚しゃぶの店だの、どうしてそんな値段になるのか計算式が理解できないクラブだの…お財布にという意味ではヤバすぎる店が立ち並ぶ。そんな中で「お昼もお酒が混まない店で呑める」「800円定食」「昭和の味営業中」という看板。雄弁な店である。これだけでは語り足りないらしく、手書きで「少しだけ酒を呑んで帰ればいい♪」「地下1階アメットチョイ呑みオッケー営業中」と書き足してある。看板は1つではない。「客ひきはしない店」「男の素朴な料理」「時々混んでる」「おしゃれな店ではない」「かっコツけるほどかっコわるくなるのさ」。「おすすめはごはん」であるらしい。
トドメは地下へと続く階段の前にあった「地下入口」という案内(というかオブジェ?)。「客は来ないよ。」「ご飯は東京で一番美味しい」「おもしろ料理」「静かなお店」「家庭料理」。これはもう覗いてみるしかない。食虫植物に吸い寄せられる虫の気分であるが、好奇心は抑えられない。階段を下りて行く。バーやパーティスぺースなどの奥…間取りの設計を間違えて地下の最奥に何かの間違えでできてしまったデッドスペースのような場所に赤ちょうちんと縄のれんが見える。営業中の看板。覗くだけでもと店の前まで行くと「良心的な店なのでのぞき禁止」と書いてある。ならばと縄のれんをくぐる。
お店は手作りのログハウスのような雰囲気。看板も木の手作り感があったので、そういうのが趣味の人なんだろうか。4人掛け(詰めれば6人掛け)のテーブルが2個と、少し広めで10人くらいは座れそうな大きな木のテーブル。店の入り口で案内を待っても何の反応もない。厨房で料理をしている男と目が合うが「いらっしゃいませ」の一言もない。勝手にテーブル席に座って待つことに。どうやらこのお店、男が一人で切り盛りしているようで料理は1人分ずつ作る。奥のテーブルに2人組の客がいたが片方の客には料理が出ていたがもう片方には出ていない。その料理が運ばれてきたら、ようやく男がこちらに声をかけてくる。いらっしゃいでも、ご注文は?でもない。「時間…大丈夫?」。そういうルールの店だってことは理解していたので、「はい、大丈夫です」と答えるとお茶が運ばれてきた。豚の生姜焼き定食を頼むと、男は何も言わずに厨房に帰っていく。雄弁な店だが本人はいたって無口。
男の風貌は、コントに出てくる実験に失敗して爆発してしまった博士風である。世の中と折り合いがついてない感じが全身からにじみ出ており、機会があればぜひお友達になりたいタイプだ。向こうは絶対にそうは思ってくれないだろうけど……。壁にひときわ大きな文字で書かれていた「座ってすぐ食べたい人はチンまたわ作ってある店にいくべし」というのがお店の最大のこだわりか? 会社員の昼休みに時間の余裕がないことは理解してくれているようで「ランチを急いでいる人は18分前迄に予約して下さい」と電話番号が貼ってあった。店の壁に書かれている文字を読んで楽しんでいると、厨房からゴリゴリと何かをとすりおろす音。もしかして…生姜焼きを作るのに生姜をすりおろすところから注文毎に調理している? ほかの客の料理はすべて出ているのでそうとしか考えられない。
面白すぎて長くなった。料理は10分ほどで運ばれてきた。豚の生姜焼きにサラダにキムチ、小芋の煮物、ご飯にお味噌汁。これで800円なら値段的にはもちろん大満足だ。生姜焼きはすりおろしたてなのであろう生姜の風味が効いていてしかも汁だくになっており美味い。汁をご飯に垂らして食べると絶品だった。サラダもドレッシングがこんなにいらないよってくらいかかっておりサービス精神旺盛。東京一美味しいご飯の正体は「お米!! 長野県佐久市の“ごろべい米”」であるそうだ。蓼科山の湧水で育てる信州のブランド米で初めて食べた。甘みがあって確かに美味しい。生姜汁をぶっかけてとも考えたがさすがに品がなさ過ぎるかと断念。でも、もったいないので生姜は箸ですくえるだけすくって食べた。
著者: へた釣り